HOME樹木医日誌 R3 埼玉県におけるマツの枯死事例

樹木医日誌 令和3年 埼玉県における個人邸のマツ枯死の事例紹介(2件)


 これまで東京付近でのマツ枯れの話は、あまり聞いたことがなかった。
もちろんあるにはあったが、そんなに頻ぱんに発生していたわけではないように思う。
しかし、ここ数年?、それなりの頻度でマツ枯れが発生しているように感じている。
今回は、埼玉県における実際の2つの事例を紹介したい。

令和3年2月17日 クロマツ枯死の事例
 ◆ 懐かしい先輩からの電話

 石黒は東京の造園屋で修行をしていた時代がある。その時の先輩から突然電話が鳴る。

先輩:『石黒君、ご無沙汰しております。何やらSNSで見たけれど、樹木医になって頑張ってるんだってね。 
    で、相談なんだけど、近所のマツが枯れてしまって。 原因ってわかるかな?』


そのような話から、先輩に会いに埼玉県へ。

◆ あらま、すでに伐採後ですね。

 現地へ出向くと、枯れたマツはすでに伐採されて(事前に聞いてました)、地上部は何も無く、半分腐りかけた根っこだけが残っている状態だった。
しかし、幸いなことにその伐採材のほぼすべてが現場付近に残されていて、さらに、枯れた直後に撮影したという写真が残されていた。

こちらが2020年の秋頃に撮影された一枚。
枯れ方からして、おそらくマツ材線虫病に間違いはない。
しかし、この写真1枚で断定は出来ない。


地上部は伐採され、切り株だけが残されていた。
伐採された日から、約5か月が経過していることになる。
 ◆ これらの情報でも判断は出来る。
 伐採された枝幹を丹念に調べる。特定の虫(カミキリ)が傷付けた痕と、さらにその虫が産卵する為に付けたであろう傷の有無も丹念に調べた。
さらに材辺も採取を行った(数点)。 そしてさらに残された根も採取する。

◆ 結果は?

枝からは、8頭/g(湿重)の線虫密度であったが、根は323頭(大半が耐久型)/g(湿重)で、さらに他属の線虫がおよそ半分を占めた。
これらの結果から(細かい話は割愛するが)、これは『マツ材線虫病』によって枯死したものと断定した。
このように枯死して(さらに伐採され)時間が経過したものは、どのようなルートで病原性線虫が侵入したのかを推測することが最も重要であると思う。
クライアントには、『線虫病は予防が大切』と説明した。

さらに、もう一件。

 令和3年2月28日診断・個人邸のゴヨウマツが枯死、その原因は?
   
 ◆ 話しの流れ(重要)
 令和2年8月、ある個人宅に出入りしていた造園業者(A)が引退し、その後の管理をある造園屋(B)が引き継ぐことになった。
造園屋(A)と(B)は面識はなく、(B)はたまたま人の紹介でその個人邸の庭園管理を行うこととなったようである。
 令和2年9月、その造園屋(B)は、その個人邸の庭園管理に初めて入る。 個人邸としては庭は広く、立派な樹木が多数植栽されていた。
そのうちの1本に『ゴヨウマツ』があった。 施主はこのゴヨウマツがお気に入りらしい。
造園業者(B)は、このゴヨウマツを含め、ほぼすべての樹木の剪定作業を行った。9月中に作業完了。

 ◆ 令和2年10月、ゴヨウマツが枯れる。
10月のある日のこと、その個人邸の施主から造園業者(B)に電話が入る。

施:『ゴヨウマツが枯れ始めた。見に来てくれませんか?』

B:『え? 直ぐに伺います。』

施:『造園Bさん、あなたの剪定のやり方が悪かったのではないの?』

B:『・・・・。』
 

このとき造園業者(B)は、何も言い返すことが出来ず、そして本当に自分の剪定が原因で枯れてしまったと思い込んでしまったようである。

また、施主の自尊心を刺激するような言い回しもあり、造園屋(B)は言いくるめられるような形となってしまい、何も言い返せない状態に陥ってしまった。
そして・・・

新しくゴヨウマツを植栽することを約束してしまった。

 ◆ 令和3年2月 ゴヨウマツの植替え作業

年が明け翌年の2月、枯れてしまったゴヨウマツの植替え作業が決まった。もちろん造園業者(B)のすべて持ち出しである。
このタイミングで、石黒に声がかかった。 声を掛けてくれたのは、先ほど(↑↑)の先輩であった。

先輩:『石黒君、実は、昨年、こうこうで、こうなって、友人がゴヨウマツを弁償させられたのよ。この話し、どう思う?』
 
話しを聞いた瞬間、

『おそらくこのゴヨウマツは、マツ材線虫病に感染し、ヒトの目に見える病徴が現れる前のタイミングで造園屋(A)から(B)へとバトンタッチした可能性が高い!』

と踏んだ。
そして話をよくよく聞くと、まだ枯れた状態のまま、その庭に立っているとのことだった。
 
石黒:『そのゴヨウマツ、幹・枝に傷を付けないように十分注意して、そのままの状態で持ち帰って下さい!』 とお願いした。
 
◆ 徹底的に解剖・調査

令和3年2月28日、その枯れたゴヨウマツとご対面。
お約束通り、幹・枝にほとんど傷をつけず、 枯れたマツが上手に掘り取りされていた。

ゴヨウマツ、解剖の様子。
 
1本1本の枝を丁寧に落とし、傷痕を探す。

そして、幹も同様に丹念に探す。
事前の打ち合わせ通り、掘り取りの際に付けられたような傷は、一切見つからなかった。
よほど丁寧に作業したのだろう。

根も丁寧に掘り取られていた。
枯れる直前まで健全であったであろう根を数点採取した。

調査の要点は次のようである。

①ある特定の甲虫が付けたであろう摂食痕の有無 
②その摂食痕の樹脂滲出の状態
③ある特定の甲虫が付けたであろう産卵痕の有無
④その産卵痕の樹脂滲出の状態(確認できれば)
⑤造園屋(B)は令和2年9月に剪定しているわけなので、その剪定断面の樹脂滲出の状態
⑥『①』で得られた枝に存在した線虫の種と密度
⑦『③』で得られた部位の直下材の線虫の種と密度
⑧ 根に存在した線虫の種と密度

採取したサンプルら。
幹は多量に持ち帰り、自宅に戻ってから徹底的に調査した。
枝に付けられた傷。
樹脂滲出が確認出来る。
このような傷が数点見つかった。

産卵痕は見つからなかった。
令和2年9月に剪定された断面。
樹脂滲出の痕はいづれからも確認できなかった。

マツ材線虫病のメカニズムを理解してるヒトであれば、ここまでの情報だけでも説明が出来るであろう。
しかし、ボクはさらなる証拠を掴んでおいた。
 
先にも書いた、検出される線虫の種と密度である。
 
つまり簡単にいうと、病原性線虫がどこでどれくらいの密度で検出されたのか、その結果である。
マツはいつのタイミングで枯死したのか? 
カミキリだけが線虫を運ぶわけではない。 マツに飛来するゾウムシ・キクイムシも線虫を運ぶ。
(※今回のケースではちょっと話がずれます)

◆ 調査から得た結論。

今回の調査から得られた結論は、造園屋(B)には全く責任がない!
むしろ、造園屋(A)に責任がある!
 造園屋(B)は、ゴヨウマツの弁償をする必要は全くない。


今回のケースも、もし昨年の問題が発生したとき(枯れたとき)直ぐに樹木医に相談してくれていれば、ゴヨウマツを弁償することにもならなかったであろう。
 
しかし、本当は今からでも遅くないかもしれない。
ゴヨウマツが枯れたことに造園屋(B)は無関係であることは証明できる!
つまり裁判に持ち込めば、逆転する可能性はある!

造園業者の皆様、このようなケースは稀であるが、このように実際に起こることもある。
とにかく樹木に関するトラブルが発生した場合、速やかにお近くの
樹木医に相談して頂きたい。
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